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心に響く蕎麦屋を目指して(その1) ~ 十割蕎麦への想い ~

十割せいろ

十割蕎麦って高い割にたいしておいしくない?!

十割蕎麦というと以下のような悪いイメージを持っている人も多いです。

  1. ぼそぼそする
  2. 蕎麦が短い
  3. 太くて黒い
  4. 蕎麦マニアや蕎麦通が食べるもの
  5. 価格が高い

このようなイメージを持っている人が本当に多く、蕎麦職人として非常に残念です。
十割蕎麦は本当においしいのに、誤解している人が本当に多いです。
おいしくない十割蕎麦には理由があります。

今回は十割蕎麦の説明と誤解されている原因、当店を十割蕎麦推しにした理由を語らせていただきます。

そもそも十割そばとは?

十割蕎麦は『つなぎ粉を使わないで蕎麦粉だけで打つ蕎麦』です。

蕎麦粉だけ=蕎麦粉10(つなぎ0)なので十割蕎麦と呼んでいます。

読み方は「じゅうわりそば」です。地方によっては「とわりそば」と読む場所もあります。どちらも間違いではありませんが、関東では「じゅうわりそば」が主流です。

十割そばの決め手

十割蕎麦は余計なものが混ざっていないので、おいしい蕎麦粉できちんと仕上げれば蕎麦の味と香りが濃厚に味わえる本当においしい蕎麦になります。もちろん、ぼそぼそしたり切れていたりはしません!

おいしい十割蕎麦に仕上げるには使う蕎麦粉が重要です!

あまり質のよくない・香りもよくない蕎麦粉を使えば、たとえつながっていても、それ相当の味のイマイチな十割蕎麦になります。

どんなに一流の蕎麦職人でもその蕎麦粉が持っている力を120%(100%より高い数値を)引き出すことはできないからです。

十割蕎麦の材料は蕎麦と水だけなので、調味料などによる味の足し算は出来ません。もともと持っている蕎麦粉の力が100%だとしたら、いかに蕎麦粉の力を落とさない(100%に近い状態)で最後まで仕上げるかが職人の腕の見せ所です。

おいしくない十割そばになってしまう主な理由

ぼそぼその食感になったり、蕎麦が切れて短くなってしまうのは、使う蕎麦粉の質や蕎麦粉の挽き方、使用する蕎麦粉の部分(ふるい分けによって味・食感・特徴の異なった蕎麦粉になり、一番粉・二番粉・三番粉などと呼ばれています)がよくない、鉢仕事(蕎麦粉を捏ねる工程)の失敗などが原因です。

太さは十割蕎麦を名乗るのに関係ありません。すごく細い十割蕎麦もあれば太い十割蕎麦もあります。太く切った方が切りやすいし、茹でた時に蕎麦も切れにくいので太い十割そばは多いです。

よく聞く二八そばとは?

二八蕎麦はつなぎ(小麦粉)2:蕎麦粉8で打った蕎麦です。

蕎麦粉だけだとつながりにくいので、粘着力のあるグルテン豊富な小麦粉などを入れてつながりやすくします。

つなぎは小麦粉だけとは限りません。卵や山芋、ふのりなどを使っている所もあります。

田舎蕎麦と十割蕎麦

よく十割蕎麦と間違われてしまうことが多いのですが、『太くて黒い』のは「田舎蕎麦」です。田舎蕎麦の定義につなぎの有無は関係ないので、十割の田舎蕎麦もあれば、二八の田舎蕎麦やそれ以下の配合の田舎蕎麦もあります。

田舎そばとは

田舎蕎麦は一般的に蕎麦を殻付きのまま挽いた蕎麦粉で打った蕎麦の事をいいます。蕎麦の殻は黒いので灰色っぽい色の蕎麦か黒いつぶつぶ混じりの蕎麦になります。殻は細かくなっていますが、茹でても固いままなのでザラザラな食感になります。

田舎蕎麦は太いイメージがあるので、田舎蕎麦を出している店はわざと太く打っている店がほとんどです。

田舎蕎麦が好きな人もいますが、好きじゃないという人も多い蕎麦です。

ですが、田舎で打っているから田舎蕎麦じゃない?と言われればそうかもしれません。そこの田舎では太くて黒くないかもしれません。田舎蕎麦のイメージは人によって違う曖昧な表現で、「太くて黒い」と思っている人が断然に多いです。もし田舎蕎麦を置いている蕎麦屋で田舎蕎麦を注文しても、自分のイメージとは違う蕎麦が出てくる可能性があります。

手打ちそば屋の本音と十割そばのイメージ

僕自身何十年も蕎麦屋に勤めていて、いろいろな蕎麦屋にも行きましたが、おいしい十割蕎麦を出している店にはたまにしか出会えません。

手打そば屋は二八そばの店が非常に多く、十割そばがある店を探すのも一苦労なので仕方ないところです。(特によく食べ歩いていたのは1X年以上前なので、今のスマホ時代とは違います)

手打ちそば屋に二八そばが多い理由

手打ち蕎麦屋は、二八蕎麦をメインで提供している店が非常に多いです。メインが十割蕎麦以外の配合で、十割蕎麦を数量限定で提供しているというケースも割と多いです。

なぜなら、手打ち蕎麦屋は二八蕎麦が一番扱いやすいからです。

差別化ができる!

蕎麦の割合も程よく高いので、立ち食いの蕎麦屋や機械打ちの蕎麦屋との差別化ができます。二八蕎麦はつなぎが入るので、失敗が少なく技術的に簡単です。

失敗が少ない!

つなぎの割合が少なくなるに比例して、打つのが難しくなります。二八は慣れればすぐ打てるようになりますが、二八以上に蕎麦粉が多い配合になると簡単にはいきません。天気や湿度・蕎麦粉の状態によって蕎麦を捏ねる時に使う水の量を変えるのですが、蕎麦粉の割合が多いとちょっと水の量を間違えただけでも大失敗します。

蕎麦粉の割合が多くなればなるほど繊細で、茹で時間の数秒の誤差も命とり、高い技術と見極めが必要です。

原価が抑えられる!

つなぎには小麦粉を使うことが一番多いですが、蕎麦粉と小麦粉では小麦粉の方が圧倒的に安く手に入ります。おいしい国産の上質な蕎麦粉は高いので、小麦粉が入る二八蕎麦は十割蕎麦よりも原価を抑えることができます。

つなぎが入れば入るほど原価が安くなります。

温かいそばでもよい感じ!

温かい蕎麦では、つなぎの割合が少なくなればなるほど、早くコシが弱くなりのびやすくなります。
その点、二八蕎麦ぐらいの配合になると、よほどゆっくり食べない限り最後までのびずに食べ終われます。

冷たい蕎麦も温かい蕎麦も置いてある店ならば、冷たい蕎麦が二八蕎麦ならば温かい蕎麦も二八蕎麦で済みます。

冷たい蕎麦が十割蕎麦の場合は、温かい蕎麦用に違う配合の蕎麦を用意する必要が生じます。
もしくは、温かい蕎麦も十割蕎麦にするならば、お客様に早く食べる様に促したり、蕎麦の量を減らして早く食べ終わるようにするなどの面倒が生じます。

二八そばは非の打ちどころのない優秀選手

特に大きな欠点もなく、非常に扱いやすい配合で慣れれば失敗も少なく、原価も抑えられる、正にいいとこづくめです。デメリットは二八そばの手打そば屋が多いというところですが、同じ街に何軒も手打ちそば屋がある訳でもないし、他の二八そばの店と差別化する方法はいくらでもあります。

手打ち蕎麦屋という条件で飲食店を開くならば、二八蕎麦はうってつけです。

手打ちそば屋の事情

二八そばがおいしい店でも十割そばがおいしいとは限らない

十割蕎麦にするとぼそぼそや短く切れてしまう蕎麦粉でも、小麦粉をつなぎに使えばきちんとつながった二八蕎麦を打つことができます。小麦粉の力で食感もつるつるになり、適度なコシがあり、茹でても短く切れません。

二八蕎麦はほどよい蕎麦の風味があればバランスよくおいしいので、十割蕎麦ほど蕎麦粉に神経を使いません。

二八そばがメインの店の事情

二八蕎麦メインの店が「十割蕎麦」や「田舎蕎麦」を提供するケースが増えています。

二八蕎麦屋の店が十割蕎麦を数量限定で提供すれば、プレミアム感を演出できて高めの価格設定にできます。十割蕎麦を10食程度の数量限定に設定したならば、打つのも1回で済むのでそんなに手間ではありません。

『手打そばで二八そば』という店は非常に多いので、他店との差別化がはかれます。

プレミアムで提供されている「十割そば」・「田舎そば」

二八蕎麦の店が数量限定・プレミアム価格で「十割蕎麦」または「田舎蕎麦」を提供していたとします。

蕎麦マニア・蕎麦通・そば業界ではない一般の人がそのような店に行き、メニューに詳しい説明がなく、何軒かそのような店に当たったら、『プレミアム価格=田舎蕎麦=十割蕎麦=価格が高い』というイメージが着く可能性が高いです。

もしその店で、二八蕎麦の方はおいしいのに十割蕎麦が大したことなかったら、『十割蕎麦は高いのにおいしくない。二八蕎麦の方がおいしい。』というイメージが着きます。さらに田舎蕎麦を十割蕎麦だと勘違いしていたら、田舎蕎麦が嫌いな人には、『十割蕎麦は太くて黒くておいしくない』というイメージが着きます。

何軒かそのような店に行って、すべておいしくない十割蕎麦(または田舎蕎麦)に当たったら、『プレミアム価格=田舎蕎麦=十割蕎麦=高いくせにおいしくない<二八蕎麦の方がおいしい』という誤解がゆるぎないものになってしまいます。

十割そばがおいしくないのは、本当のおいしさを知らないから

人間の記憶は良い記憶より悪い記憶の方が鮮明に残るので、一度おいしくないと思ってしまうと、他の店に行ってもなかなかチャレンジしなくなります。二八蕎麦より高いこともあり、チャレンジしてもほんの数回だと思います。その数回で本当においしい十割蕎麦に出会わなければ、『十割そば=おいしくない』というイメージは定着してしまい、二度とチャレンジをしなくなる可能性が高いです。

以上のことが原因で『十割蕎麦は高い割においしくない。おいしくないのに高いお金だして食べるのは、蕎麦マニアや蕎麦通ぐらいだ。』というイメージが広がっているのだと思います。

本当においしい蕎麦を食べてもらいたい!!

飲食店は一発勝負?!

一般的に飲食店は新規開店しても3年で8割つぶれるといわれる厳しい業界です。

前にも述べたとおり、手打ち蕎麦屋を開くならば、二八蕎麦の店にするのが一番安全でやりやすいです。他の手打ち蕎麦屋と差別化を図りたかったら、食材・価格・量・変わり蕎麦など手はいくらでも打てます。配合を少しあげて、二八と十割のいいとこどりのようなイメージがある九割蕎麦にするのもよいです。そして、十割蕎麦を提供したかったら、数量限定にして高価格にすればよいのです。

そうすれば、もし十割蕎麦を打つのに失敗しても、『今日は十割蕎麦はありません』とか『もう売り切れてしまいました』と誤魔化して、二八蕎麦だけで営業することもできます。
多少失敗したものを提供しても、多くの人が『十割蕎麦がおいしくない』というイメージを持っているので、お客様が勝手に『十割蕎麦はこんなものだ』と誤解してくれる可能性が高いです。

でもやっぱり、蕎麦職人として絶対に後悔したくないし、妥協した仕事はしたくない。資金的にも年齢的にも失敗したら次の飲食店を出せる可能性は低いので、失敗しても悔いは残らないように、自分の店は十割蕎麦メインの店でいくと決めました。

やっぱり十割そば推し!

十割蕎麦メインの店でいくと決めた要素は次の5つになります。

  1. 十割蕎麦は本当はおいしい事を知っているから十割蕎麦ははずせない。
  2. 二八蕎麦を置いてしまうとほとんどの人は二八蕎麦を注文してしまうだろう。
  3. 蕎麦職人として、多くの人に本当においしい蕎麦を食べてもらいたい。
  4. 強制的に冷たい蕎麦は十割しか頼めない状況を作ってしまおう。
  5. 手間だけれど、蕎麦に妥協はしたくないので、温かいそばは二八で。

作戦が功を奏して、『十割はおいしくないと思っていたけれどおいしかった』と言っていただける事も多く、嬉しい限りです。思ったより十割蕎麦を知らないお客様も多いし、初めてご来店のお客様に『十割蕎麦は嫌いだから二八蕎麦に変えられないか』とはっきり聞かれることもあります。特に寒い日でもないのに、複数人でご来店して全員が温かい蕎麦を頼まれる事もあります。
無理強いはしませんが、少しでも多くの方に十割そばのおいしさを届けられたらいいなと思います。

当店のそば打ち。もちろん一番のおすすめは三たての十割そば!

十割蕎麦は挽きたての蕎麦粉で打ったものが最も香り高くておいしいので、蕎麦粉は仕入れた丸抜き(殻が剥いてある蕎麦の実)を店内の電動石臼で毎日使用する分だけ挽いて蕎麦粉にしています。

昼の部の蕎麦粉は前日の夜、夜の部の蕎麦粉は昼の営業中に挽きます。挽きたてすぎるとふわふわすぎて粉が安定していないので、挽き終ってから数時間~半日程度の時間が空くようなスケジュールで粉を挽きます。粉を挽くときに熱を帯びてしまうと香りが飛んでしまうので、石臼は最低速度でゆっくり挽いているので、何時間も掛かります。

毎日最低限しか挽いていないので、蕎麦打ちに失敗したら粉がないので臨時休業だと覚悟して打っています。とはいえ失敗する確率が高いならば、さすがに十割蕎麦メインの店にはしていないので、安心してご来店ください。

温かい蕎麦は、お客様にのびやすいから早く食べてと強要したり蕎麦の量を減らして早く食べ終わるようにしたりするのは嫌なので、二八蕎麦です。性格的に商売人より職人肌ですが、頑固ではありません。こだわりすぎず、売れるものよりおいしいものを提供していきたいです。

十割蕎麦好きの方はもちろん、十割蕎麦がおいしくないと思っている方もぜひ一度食べてみてください。

飲食店のジンクスに負けないで、末永く愛される店になるように、これからも十割蕎麦推しで打っていきます!!

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